兵隊の本音
心の疲れ…
『仕事やめたい』もう何度思い、何度思い直した事だろうか。定期的に襲ってくる発作のように、汲みすぎたコップから水が溢れてしまうように、耐えがたい衝動がたまにくる。
世界がコロナに浸食されはじめて、暇になったかと思えば、今は朝から晩まで体を酷使しなくてはならないほど忙しかったりする。働くな、と言ってみたり、罹患を恐れるな、と言わんばかりの仕事量だったりで、心に疲れが出始めていた。
ただ、モチベーションの有無にかかわらず、手を抜けないタイプの俺は、言われた仕事があればまさに〝社畜〟と周囲から皮肉られる働き方をしてしまう。長年の悪癖である。
しかし、会社から見れば一定の意味では使い勝手がいいのかもしれない。発想力はないがクソほど真面目に取り組むからだ。細々とフリーランスで食ってさえいければ、という事であれば100点の働き方かもしれない。
自己啓発本などのモデルになるような人達から見れば〝バカ〟という事になるだろう。自分の人生にどうにか風穴を、という思いはいつも空回りをし、気づくとここにいる。まるで強力な磁場だ。気づくと元いたところに戻っている。
鬱々とした気持ちが澱のように溜まりきり始めていた今日この頃。以前よりリスペクトとしていた上司と話す機会があった。39歳。この年になると年齢は下の者のが多い。
そんな中この上司は年上かつ、話す際もこちらが甘えられるというか、肩の力を抜いて話せる貴重な方だった。今は以前と比べて遥か上の役職についてるため、どう話していいかちょっと戸惑ってしまう。
『最近よく会うね。大変な時だけどさ、うん、元気そうだ。どう仕事は?』
昔と一切変わらない温和な表情で尋ねてくる。こちらが今行っている調査の仕事が難航しているが、まだやる余地がある事を伝えると、
『そっか。それなら良かった』と
言って去っていった。頑張れでもなく、ごめんなでもなく、宜しくでもなく、一言そう言って。
そう言えばこの人は昔から無茶な調査でも、どうだ? と尋ねて、良かったとしか言わなかった。
不思議なもので、それでガス抜きをされてしまう。俺は兵隊だ。前線に出るのは兵隊の役目だ。本当に自然にそう思わされる、たった一言で。
深くも浅くもない付き合いで、ほとんど何も知らない人なのに。たぶんこういうのをリスペクトって言うんだろう。じんわりと胸に広がっていく高揚感を、たぶんリスペクトって言うんだろう。この人が上で良かった。単純なものだが、今はこう思う。もう少しだけ俺はこの仕事で役に立ちたい、と。